喜劇ではない森見はかなり久しぶり。これ以上なく堪能しました。
学生時代、英会話サークルに所属していた彼らは鞍馬の火祭りを訪れる、その最中、メンバーの1人であった長谷川さんは不意に姿を消してしまう。それから10年ぶりに集まった英会話サークルの面々は再び火祭りに向かうが、その折にそれぞれが過去旅先であった不可思議な出来事を語り始める――。といった導入の……ジャンルはなんだろう、うまい言葉が見つからない。ホラー、というよりは怪談か。怖さというより薄寒さの方が強い。
これまでも森見登美彦が見せてきた、幻想的な世界、あるいはここではないどこかに迷い入る様を描く手腕の凄まじさがこれ以上なく発揮されている。明らかな不自然さ、不気味さが漂う空間に放り込まれて惑う語り手が、気付けばすっとそちらに取り込まれていくことの気味の悪さ。何を見せられているのか分からず、理解も追いつかない覚束なさを感じたまま、次の語り手にバトンが渡されることの不可解さ。そんな奇妙な感覚がとにかく惹きつけてやまない。そしてこの果てには何があるのだろうと思わずにはいられなくなる。
全ての過去語りは終わり、物語は現在に立ち戻る。迷い込んだ先で、刹那の幻想を見せつけた後の現実への帰還は実に寂しく、しかしながら美しい。
その上らしい幕引きであるなあ、と。やっぱり好きな小説家だと思いを新たにした一作でした。